肩の力を抜いて、普段どおりにお話しください
はじめまして。
今回、カジュアル面談を担当する粕山です。
普段は企業の採用や人材育成に関わりながら、さまざまな方の仕事やキャリアについてお話を伺っています。
カジュアル面談といっても、
「何を聞かれるんだろう」
「うまく話せるかな」
「ちゃんと準備した方がいいのかな」
と、少し緊張される方もいると思います。
ただ、今回は面接のように、完璧な受け答えを求める場ではありません。
これまでどのような仕事をしてきたのか。
今どのようなことを考えているのか。
これからどのような働き方をしていきたいのか。
そんなことを、できるだけ普段どおりにお話しいただければと思っています。
その前に、「粕山ってどんな人なんだろう?」という不安が少しでもなくなるように、私のこれまでを簡単にご紹介します。
近所の友達は野球をしていましたが、なぜか自分はサッカーに興味を持ちました。
周りに合わせるよりも、自分が面白そうだと思ったことを選ぶ子どもでした。
足が速かったこともあり、小学生の頃には岡山市の選抜メンバーに選ばれました。
ただ、強い選手が集まる場所に行くと、上には上がいることも実感しました。
それでも、勝つこと以上に、仲間と一緒にプレーすることが好きでした。
中学生になると、勉強にはあまり興味を持てず、成績は140人中130番ほど。
特に英語が苦手で、「NO」は書けても「YES」が書けないような状態でした。
ところが、ある先生との出会いをきっかけに、少しずつ勉強するようになりました。
最終的には140人中40番ほどまで成績が上がり、進学校に合格。
この経験から、人は本人の能力だけではなく、出会う人や環境によって大きく変わるのだと思うようになりました。
中学校では陸上部に入り、キャプテンを経験しました。
運動会では応援団長を務め、駅伝の選手として新聞に載ったこともあります。
子どもの頃から、人前に立つことや、みんなで一つの目標に向かって進むことが好きでした。
自分一人が活躍するよりも、チーム全体が良い雰囲気になった時に、大きな喜びを感じるタイプです。
無事に進学校へ入ったものの、勉強にはほとんどついていけませんでした。
テストでは12点を取り、学年約400人中398番になったこともあります。
特に英語は、相変わらず大の苦手でした。
大学受験では、広島大学や早稲田大学など、当時の実力よりかなり高い大学にも挑戦しましたが、結果はすべて不合格。
自分の将来をどうしたらよいのか、かなり悩みました。
大学にすべて落ちて悩んでいた時、母から言われたのが、
という一言でした。
父には最初、強く反対されました。
しかし、2週間後に、
と言ってくれました。
その言葉が本当にうれしく、自分も子どもの夢を応援できる大人になろうと思いました。
そして思い切って、英語がほとんど話せないままアメリカへ渡りました。
当時は大学に入れるだけの英語力がなかったため、まずは現地の語学学校からのスタート。
レベルは、12段階中2からの始まりでした。
今考えると、かなり無謀だったと思います。
ただ、私は昔から、準備がすべて整うのを待つよりも、まず環境に飛び込んでから何とかするタイプでした。
アメリカの大学には、世界中から留学生が集まっていました。
文化も言葉も考え方も違う人たちと過ごす中で、自分の常識が、ほかの人にとっては常識ではないことを学びました。
韓国人の友人が増えたことをきっかけに韓国文化に興味を持ち、韓国語も勉強。
その後、韓国の延世大学へ交換留学しました。
興味を持ったことには、かなり深く入り込む性格です。
アメリカではサッカーチームにも所属していました。
スコットランドのユース代表経験者など、レベルの高い選手がいる中で、チームは大会でチャンピオンになりました。
大学内のワールドカップでは、日本代表チームとして優勝。
言葉や文化が違っても、同じ目標を持つと人は一つになれることを、サッカーから学びました。
大学卒業後は、ニューヨークの旅行会社と、日本の不動産会社から仕事を選ぶことになりました。
当時の私は、やりがいや相性よりも、「大きく稼ぎたい」という気持ちを優先していました。
年収2,000万円を目指せるという言葉に惹かれ、不動産会社へ入社。
しかし、実際は自分にまったく合わない環境で、精神的にかなり追い詰められました。
結果として、約1か月で退職しました。
海外まで大学に行かせてもらったのに、何も結果を残せていない。
そう感じ、自分を責めていた時期です。
その後、大手紳士服店で販売の仕事を始めました。
お客様の話を聞きながら、その方に合う商品を提案することが楽しく、店舗でトップクラスの販売実績を残すことができました。
ただ、年末年始には13連勤があり、出世を目指すなら全国転勤が必要な環境でした。
この先の働き方を考え、退職を決めました。
また、その後に経験した訪問販売や自動車販売の仕事も、長く続きませんでした。
この頃に気づいたのは、
ということです。
自分が興味を持てるものや、目の前の人に役立つと思えるものでなければ、頑張り続けることができませんでした。
短期間での退職が続き、自分の職歴にかなり自信をなくしていました。
このまま同じ場所で仕事を探していても変わらないと思い、思い切って中国・大連で働くことを決めました。
ITの経験はほとんどありませんでしたが、外資系IT企業の面接に挑戦しました。
最初の面接には、なんと一番偉い方が登場。
と元気よく話したところ気に入っていただき、その後はトントン拍子で4回の選考を通過しました。
入社後は、6か月連続で顧客満足度1位を獲得し、最年少でチームリーダーになりました。
日本では仕事が長く続かなかった自分が、環境を変えたことで大きく評価されました。
この経験は、今でも自分の仕事観の原点になっています。
人には、それぞれ力を発揮しやすい環境があります。
今うまくいっていないからといって、能力がないとは限りません。
場所や仕事が変わることで、一気に強みが発揮されることもあります。
中国では仕事だけでなく、サッカーチームも作りました。
大連の企業対抗大会で優勝し、MVPにも選ばれました。
仕事、仲間、サッカー、プライベート。
すべてが充実し、忙しくても毎日が楽しい時期でした。
この時に、自分にとっての充実感は、
が重なった時に生まれるのだと感じました。
帰国後は、営業や事業づくり、教育、コーチング、Web、IT、AIなど、さまざまな仕事に携わってきました。
数千人規模の組織づくりや、教育プログラムの作成、法人向けの研修営業なども経験しています。
コーチングスクールでは、同期406名中1位のクライアント獲得数という実績も残すことができました。
これまで、たくさんのクライアントの成果を上げるサポートをしてきました。
その経験から、目の前の結果だけを変えるのではなく、その人の考え方や物事の捉え方が変わることで、仕事の成果も大きく変わると感じています。
現在は、企業の採用や人材育成に関わりながら、仕事やキャリアについてお話を伺う機会が増えています。
また、これまで北は北海道、南は沖縄まで全国を飛び回り、人生がより良くなるためのセミナーを行ってきました。
考え方が変わると、行動が変わる。
行動が変わると、人生の流れが変わる。
そんな瞬間に、全国各地でたくさん立ち会ってきました。
土地が変わっても、「これからをより良くしたい」という想いは、どこでも同じだと感じています。
そして今、セミナーでお伝えしてきた考え方は、転職やキャリアの場面でこそ役に立つと強く感じています。
自分の強みをどう捉えるか。
うまくいかなかった経験を、どう意味づけるか。
不安な時に、どんな一歩を踏み出すか。
これらはまさに、セミナーでお伝えしてきたことそのものです。
だからこそ、キャリアの面談でも、この考え方を土台にお話を伺っています。
私は、職歴や肩書だけでその人を判断しないようにしています。
私自身、仕事が続かなかった時期もあれば、環境を変えたことで大きく評価された経験もあるからです。
同じ人であっても、働く場所や一緒に働く人、任される役割によって、結果は大きく変わります。
面談では、
「どんな会社で働きたいですか」
と聞くだけではなく、
といったこともお伺いします。
ご本人にとっては当たり前だと思っていた経験の中に、その方ならではの強みが隠れていることもあります。
また、ご希望があれば、今後のキャリアを見据えた業界の話をすることもあります。
話しながら考えがまとまることもあります。
うまく話そうとせず、現在考えていることを、そのままお聞かせください。
私も少し変わった経歴なので、堅苦しい面談にはならないと思います。
お話しできることを楽しみにしています。