「報連相」・「コミュニケーション」研修が機能しないのは、本質的な課題に目を向けていないから

多くの企業が導入している「報連相」や「コミュニケーション」の研修。これらの研修は、組織内の情報共有や人間関係を円滑にし、業務効率を向上させる目的で実施されています。しかし、実際にこれらの研修が期待通りの効果を上げているでしょうか? 多くの現場で、研修で学んだはずの報連相が滞り、コミュニケーション不全が改善されないという声が聞かれます。

なぜでしょうか? その理由は、これらの研修が「ノウハウ」や「スキル」といった表面的な側面に終始し、人間関係の根幹をなす**「信頼」**という最も重要な要素を軽視しているからです。

人は、誰にでも気軽に相談できるわけではありません。仕事の進捗報告、困っていること、アイディア。これらを共有するか否かは、相手が「相談しやすい人」であるかどうかに大きく左右されます。この相談しやすい・しにくいという感覚は、単なるコミュニケーション能力の有無ではなく、もっと深いレベルで形成されるものなのです。

相談しにくい人と相談しやすい人の決定的な違い

なぜ、特定の人物には誰もが自発的に報連相を行い、相談が絶えない一方で、別の人物には形式的な報告以外は誰も話しかけないのでしょうか? この違いは、以下の3つの要素によって生じます。

1. 心理的安全性(Psychological Safety)の有無

これは、組織心理学者のエイミー・エドモンドソンが提唱した概念で、「チームのメンバーが、対人関係のリスクを恐れることなく、安心して発言したり、質問したり、失敗を認めたりできる状態」を指します。

相談しにくい人が作り出す環境は、この心理的安全性が極めて低い状態です。彼らのもとでは、以下のようなことが起こります。

  • 否定的な反応が予測される: 「そんなことも知らないのか」「なぜ事前に相談しなかったんだ」といった、非難や叱責が返ってくることが予想されるため、失敗を恐れて発言を控えるようになります。
  • 完璧主義の強要: 些細なミスも許されず、常に完璧なアウトプットが求められるため、プレッシャーを感じ、相談すること自体がリスクだと認識されます。
  • 感情の起伏が激しい: 怒りやすい、不機嫌になりやすいといった予測不能な感情の波に触れると、メンバーは自然と距離を置くようになります。

一方、相談しやすい人は、この心理的安全性を自然と高める力を持っています。

  • 受け入れと承認: メンバーの意見や感情を否定せず、まずは「ありがとう」「なるほど」と受け入れる姿勢を見せます。これにより、「話しても大丈夫だ」という安心感が生まれます。
  • 失敗を学びと捉える: ミスを個人への攻撃材料とするのではなく、「どうすれば次はうまくいくか」という建設的な議論に転換します。これにより、失敗を恐れず、積極的に課題を共有できるようになります。
  • 共感と理解: 相手の立場に立って考え、共感を示すことで、メンバーは「この人は自分のことを理解してくれる」と感じ、心を開きやすくなります。

2. コミュニケーションの「目的」の違い

一般的な研修では、「報連相は情報を正確に伝えること」という表面的なスキルが教えられます。しかし、信頼関係が築かれているコミュニケーションは、単なる情報伝達ではありません。

相談しにくい人は、コミュニケーションを「命令」「指示」「評価」の道具としてのみ使います。

  • 一方通行の会話: 自分の言いたいことだけを伝え、相手の意見や状況を聞き入れようとしません。
  • 「〜しろ」という命令形: 常に上から目線で、相手の自律性や主体性を奪うような話し方をします。

対して、相談しやすい人は、コミュニケーションを「共創」「協力」「成長」の機会として捉えます。

  • 双方向の対話: 質問を投げかけ、相手の意見を引き出し、一緒に解決策を探ろうとします。
  • 「どうしたらいいと思う?」「一緒に考えてみようか」といった協力的な姿勢: 相手の主体性を尊重し、共に目標に向かうパートナーシップを築きます。

3. 個人の「人間性」への信頼

究極的に、人が誰かに相談するか否かは、その人の人間性をどれだけ信頼できるかにかかっています。この信頼は、日々の行動、言動、そして無意識に発される態度によって少しずつ積み重ねられていきます。

  • 相談しにくい人: 嘘をつく、約束を守らない、他人の悪口を言う、感情的に不安定。これらの行動は、他者からの信頼を根底から揺るがします。
  • 相談しやすい人: 正直である、約束を必ず守る、誰に対しても公平である、常に冷静で落ち着いている。これらの特性は、周囲に安心感と尊敬の念を抱かせます。

ハラスメントが「好意」の有無で変わる残酷な現実

ユーザー様が提示された「ハラスメントも好かれていれば起きないですよね。好きな人から好きと言われたら嬉しいし、嫌いな人から言われるとストーカーにもなりえます」というご意見は、コミュニケーションの本質を鋭く突いています。

この視点は、決してハラスメントを容認するものではありません。法律や倫理規範の観点から見れば、どのような状況であれ、相手が不快に感じる言動はハラスメントに該当する可能性があります。しかし、人間の感情や受け止め方という**「主観」**の世界においては、同じ行動でも、発信者と受信者の関係性によってその意味が180度変わることがあります。

  • 尊敬している上司からの厳しいフィードバック: 「自分の成長を真剣に願ってくれているからだ」と受け止め、感謝の気持ちさえ生まれることがあります。
  • 嫌いな同僚からのアドバイス: 「余計なお世話だ」「上から目線で言われたくない」と、不快感や反発を覚えることがあります。

これは、ハラスメントという行動が、その行為自体の**「内容」だけでなく、行為者の「人柄」「意図」**がどのように受け取られるかに大きく依存していることを示しています。信頼されている人物からの行動は、「善意」や「愛情」として解釈され、信頼されていない人物からの行動は、「悪意」や「支配欲」として解釈されがちです。


「研修」が根本的な解決策にならない理由

以上を踏まえると、なぜ通常の「報連相」や「コミュニケーション」研修が意味をなさないのか、その理由が明確になります。

1. 「スキル」と「信頼」を混同している

多くの研修は、「報告は結論から話す」「聞くときは相槌を打つ」といった表面的なスキルに焦点を当てます。しかし、これらのスキルは、すでに信頼関係が構築されているからこそ、効果を発揮するものです。信頼がない状態でいくらテクニックを駆使しても、それは空虚なものに映り、かえって不信感を増大させることがあります。

2. 個人の「人格」や「姿勢」に踏み込まない

研修は、一般的に個人の人格や性格に深く踏み込むことを避けます。しかし、相談しやすい・しにくいという関係性は、その人の「人間性」に根ざしています。どれだけ綺麗な言葉で話しても、普段から嘘をついたり、約束を破ったりする人には、誰も心を開きません。研修では、こうした根本的な課題にメスを入れることができず、表面的な対処療法に留まってしまいます。

3. 「場」の重要性を軽視している

コミュニケーションは、個人単独の行為ではなく、組織全体の「文化」や「空気感」に大きく左右されます。トップダウンで一方的な指示が飛び交う組織で、部下だけがコミュニケーションスキルを学んでも意味がありません。研修は、個人の能力開発に焦点を当てがちですが、本当に必要なのは、組織全体の**「信頼を築く文化」**を醸成することなのです。

真に組織を変えるために必要なこと

では、どうすれば良いのでしょうか? 従来の研修が意味をなさないのであれば、私たちは何に力を入れるべきでしょうか。

1. 信頼を築く「対話」の場を意図的に設ける 研修のように形式的な場ではなく、少人数のチームで、業務外の雑談や、仕事に対する価値観を語り合う機会を定期的に設けるべきです。これにより、お互いの人間性を深く理解し、心理的安全性を高めることができます。

2. リーダーシップの「あり方」を見直す 部下から慕われ、信頼されるリーダーを育成することが最も重要です。リーダーは、テクニックを学ぶのではなく、傾聴力、共感力、そして「誠実さ」を身につける必要があります。これは研修で教えられるものではなく、日々の実践と内省によって培われるものです。

3. 「失敗」を許容する文化を醸成する 失敗を恐れては、誰も新しいことに挑戦できません。組織全体で「失敗は学びの機会」と捉え、失敗した社員を非難するのではなく、どうすれば改善できるかを共に考える文化を築くことが不可欠です。

結論:研修は「手段」であって「目的」ではない

「報連相」や「コミュニケーション」研修は、それ自体が悪いものではありません。しかし、それらはあくまで、すでに土台となる**「信頼」が築かれている組織において、コミュニケーションをさらに円滑にするための「手段」**に過ぎません。

信頼の土壌がないまま、上から「報連相を徹底しろ」「もっとコミュニケーションを取れ」と号令をかけても、それは単なるお題目となり、現場の不満を増大させるだけです。

真に組織を変えるためには、まず、上司と部下、同僚同士がお互いを「人間」として尊重し、**「この人なら安心して話せる」と思える関係性を地道に築き上げること。そして、この信頼を基盤に、対話を通じて一人ひとりの主体性を引き出し、組織全体で成長していく文化を醸成していくことこそが、最も重要なのです。ハラスメントを未然に防ぎ、誰もが生き生きと働ける組織を作る鍵は、表面的なスキルではなく、人間関係の根幹にある「信頼」「心理的安全性」**にあるのです。